映画がそんなにエライのか

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Vol.101 〜 Vol.110

Vol.101 『ティアーズ・オブ・ザ・サン』
アフリカのナイジェリアで革命が起きました。軍部が武力蜂起して大統領一家を惨殺。政権を
奪取して臨時政府をでっち上げたようです。国内在住の外国人が次々と脱出する中、合衆国政
府も海軍を派遣して自国民の救出に当たります。作戦を遂行する海兵隊員の一人にブルース・
ウィリスがいて、彼に与えられた任務は難民救援医師団のモニカ・ベルッチ女医を連れて帰る
ことでした。ベルッチのゴネ勝ちで、難民集団も連れて脱出行に臨むことになるのですが、そ
の中に生き延びた大統領の息子が潜入しており、彼を追いかける敵軍隊との間で戦闘が続き、
犠牲を払いながらも最後には国境を越え、民衆が未来の大統領を迎え奉り上げて民主主義万歳
で終わるという、妙な着地を見せる映画です。前政権は親米派であったようで、反乱軍が掌握
した武器庫には夥しい物量の、米国から供与された武器弾薬が格納されていました。国内には
至るところに教会が建てられ、この国をキリスト教文化圏の一小国に塗り替えるつもりであっ
た様子。貧しい地元民で構成された反乱軍はイスラム教徒で、平気な顔で教会に乱入しては神
父を殺しシスターを犯す(この点については推察)、野蛮なイスラム教の絵図を見せつけます。
アメリカの(=世界の)観客に。もちろんラストでは、キリスト教の聖戦士が正義のミサイル
攻撃でイスラムの悪人どもを退治するサービスもあります。刷り込みであるのか、安定剤みた
いなものか。しかしですよ。召使いや専属の護衛隊に囲まれて邸宅に暮らすような大統領が治
めて、実の息子に次の政権を譲るレールが敷かれているような国なんて、まともな政治状況と
は言えんでしょう。それを後押ししているのが米国で、ほっといたらそれこそ宗教も公用語も
全て書き換えられ兼ねないという、そういう危機感から反乱が起こったんじゃないでしょうか。
そこんところを大きく勘違いしている映画なのでした。ちなみに原型は「ダイ・ハード4」だ
ったという話ですが、何をどうしたら、アメリカの刑事がジャングルで難民を救済する物語が
成立するのでしょうか。ハリウッド・マジック恐るべし。
(上田貴士/本厄/編集)


Vol.102 『蛇イチゴ』
●つみきみほは小学校の先生です。生徒の中に当番をさぼり続ける子がいるので、学級会で粛
正している最中です。その子が言うには、母親が病気なので早く家に帰っているのだそうです。
それに対して、同じ日の夕方に、当の母親が表を歩いているのを目撃したという別の生徒の反
証が出ました。すると「夕方になると治るんです……」という更なる弁明が。この子は何故こ
んな見え透いた嘘をつくのでしょうか。そうまでして、一体、何をしているのでしょう。そも
そも、話題の中心となっているその母親は、事態を認識しているのでしょうか。もしかしたら
本当に夕方になると治る病気なんじゃないでしょうか、首から上の……。何かとんでもなくお
かしなことが進行しているのではないかと考えても良さそうなもんですが、この先生の取った
行動は当番の重要性を唱えて溜め息をつくだけでした。悪い言葉を使わせてもらうならば、正
論馬鹿、といったところでしょうか。明らかに知恵が足りません。さて、そんな彼女の父親が
リストラされて、家族に内緒で多額の借金を背負っていることが発覚しました。突然の窮地に
立たされた彼らを助けたのは意外にも、昔に勘当された、ロクデナシの長男だったのです。ナ
ニワな金融道に明るい彼は、全財産を息子名義にして父親には破産宣告することを勧めます。
ところが、妹であるつみきみほが、そうやって財産を乗っ取るつもりだと猛反対し、兄は再び
行方をくらませて映画は終わるのでした。正論を唱えて反対するのは結構ですが、代替案はあ
んのかネエちゃんよ(何か、人生裏街道な人の気分で)。オマエきれいゴト言っとる場合か。
どのみち財産は没収されんのと違うんかい。借金取りにむしられたらスキャンダルになって、
教職から追放されて、ロクな結果にならんことぐらい判らんか。学校の先生までやってるくせ
して、何の役にも立たない阿呆娘の大失敗話ということです。今回は故伊丹十三監督作「マル
サの女2」からの名セリフで締めると致しましょう。「駄目だよ、あいつら世間知らねえもん」
(上田貴士/本厄/編集)


Vol.103 『阿修羅のごとく』
●昭和58年が舞台の「細雪」は軽妙で辛辣で、なかなかに面白い映画でした。次女の黒木瞳に
は中三の娘がいるのですが、当時の私があのぐらいの年代でして、つまりあの一家の様相が、
その時分の、私の実家での有り様に重なるわけです。確かに母親が、かき餅を揚げたり白菜漬
けたりしていましたよ。昭和58年かあ……。あんな感じかあ……             
あ、すみません。中年期の軽い鬱に入ってました。映画は、70になる父親の愛人疑惑を軸に、
4人の娘が右往左往する物語です。擦った揉んだの揚げ句、どうやら夫の不実に気がついてい
たらしい母親が、心労から卒倒して昏睡状態に陥ってしまいます。病室で父親を責める娘達。
自身もどうやら不倫中らしい次女の夫が、義父をかばって反駁します。「お義父さんは家族を
養うために真面目に働いてきたんだ。人生の最後になって、ちょっと艶っぽい思いをして、何
がいけないんだ!」。いやあ、びっくりしましたね。いや、何がいけないんだって言われても
現に人ひとりブッ倒れてんじゃねえか、という指摘はこの際置いといて、わざわざ大声あげて
浮気を開き直る行為に、何か久しぶりの感がありましてね。この時代にはまだ、浮気というも
のが「不倫」などという洒落た呼び名も持たず、怒声で論破せねばならないほどに気合いの入
ることだったんですなあ。まあ、お父さん、喜んで下さい。今や、男女の区別なく、誰でも気
軽に何の気兼ねも衒いもなく、不倫したり売春したりパンツ買ったり女児の小便飲んだりでき
る、夢のような時代になりましたよ。もう昔のように大演説をぶらなくても、金さえあれば好
き勝手にできる、判りやすい世の中になったんですよ、お父さん。
(上田貴士/本厄/編集)


Vol.104 『ブルース・オールマイティ』
●この映画、私は半面教師として受け取りたいわけです。TV局のリポーターをやっているジ
ム・キャリーは、何とか仕事で認められてアンカーマンの地位を手に入れたいと思っていまし
た。しかし一生懸命やってもどこか運が悪くて浮かばれない。ついにキレて神様に八つ当たり
したその結果……、という内容だと宣材から推察していたんですが、違いました。彼がアンカ
ーマンに抜擢されないのは、ツキがないとかワリを喰ってばかりいるとかじゃなくて、単純明
快に資質と才覚の点でお話にならないからです。端から二流なんです(俳優ジム・キャリー自
身は一流ですよ)。でも自己評価はA+らしく、その差が5割り増しぐらいでグチに変質して
いる仕組みです。上司は、社長は、会社は、教師は、コーチは、ディレクターは、審査員は、
編集者は、社会は、世界は、隣のオバハンは、俺の本当の能力をちっとも見抜けない。あいつ
らみんなバカ。才能俺以下のくせに偉そうな顔しているマヌケ。アホ揃い。とかなんとか中味
が無いのにウダウダぐずりながらゆっくりと腐っていく姿の、実に薄らみっともない有り様を、
人生の悪い例として目に焼き付けておきましょう。あー、あの頃の俺は見苦しかった。映画で
は(明確な理由は不明ですが)神様が諭してくれますが、現実には周囲の人間が鬱陶しがるだ
けで、自分の状況に気付かないまま一生を終えることが多いですからね。
(上田貴士/後厄/編集)


Vol.105 『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』
●幼い二人の娘を連れた夫婦がマンハッタンに移民してきました。一家の大黒柱である父親は、
ブロードウェイで成功するためバイトしながらオーディションに通う毎日です。妻子までいな
がら、そんな目的で移民してくんじゃねえよ、と石橋を叩いただけじゃ渡らない性格の私なん
かは思うのですが、そんな貧乏暮らしの中にだって、いい事もあれば悪いことも辛いことも頭
に来ることもウンザリすることも不安なことも死にたくなることもあるという話です。幸せっ
スか! 一家4人で幸せっスか! ところで、この夫婦には幼くして亡くした末の息子がおり
まして、その過去がかなりの重圧となって未だに夫婦の心を苛んでいるんです。そこんところ
の描写が、かなりキツイ。子供を早くに失うことが、どれだけの傷となって親の精神を苦しめ
続けるか。私には子供がおりませんが、それでも観ていて暗澹たる気持ちにさせられる場面で
した。その点、覚悟された方がよろしいかと。物語自体は、ファンタジーの範疇だとは思うん
ですけれどね。(上田貴士/後厄/編集)


Vol.106 『アイデン&ティティ』
●このくらいの川、すぐに向こう岸に着くだろうと思って足を入れたが大失敗。辿り着けそう
もないし、今更引き返せないし、わ〜流される〜! というお話です。理想の音楽と商業主義
の狭間。でも結局は自分の能力に全ての原因があるのだという苦悶。地に足のつかない若い時
分に特有の悩ましい日々が描かれます。私にとって白眉のシーンは、ボブ・ディランを崇拝す
る主人公が「なぜ僕はディランに出会ってしまったんだ!」と吠える場面でした。これ、あり
ますねぇ。バンドに限らず、いやアートや創作に限らず、なまじ一二度上手くいったがために、
その瞬間の小さな成功の甘き香りが忘れられず、諦めきれずにズルズルと、駄目だと判ってん
のに踏ん切りがつかない人生を送っている全ての人が、幾度となく同じような遣瀬無い気持ち
を味わったことでしょう。諦めたら諦めたで今度は「諦めずに続けて人生大逆転した人」の成
功談を読んで七転八倒したりしてね。経験から申し上げるならば、この状態が結局のところ気
持ち良いんですね。「今考え中」の一言が人生をどれだけ蝕んでいるのか、その毒性に思い至
らせられる、ちょっと汗かく映画でした。
(上田貴士/後厄/編集)


Vol.107 『ラブ・アクチュアリー』
●クリスマスに向かって収束していく9つのラブ・ストーリー集です。いやあ、泣けるシーン
が多いですよ。まあ、どの話も根本的にはスットコドッコイなんですが、その中にあって一つ
だけ、明らかに笑いごっちゃない性質のものが紛れ込んでいました。お気づきの通り、ローラ
・リニーのエピソードです。会社の同僚(これがちょっと感動するくらいの二枚目)に片思い
している彼女は、念願かなってベッドになだれ込めたのですが、そこに一本の電話が。実は彼
女には精神を病んだ弟がおりまして、預けられた施設から頻繁に電話をかけてくるのです。当
然セックスはオじゃん。彼との関係も露と消えたのでした。この映画の中で一番胸の詰まるお
話です。で、ラスト。空港にそれまでの登場人物達が一堂に会しますが、んが、ローラ・リニ
ーについてだけは何のフォローもなしだ、これが。弟についても彼氏についても、何もなし。
なんも。なあんもなし。ほったらかしかい! もはやどうオチをつけたら良いのか手に余った
か。だったら何故あんな話を書いた? 例えば寝たきりの両親とか変態少女殺人鬼の兄弟とか、
どうしても断ち切れない係累との因縁のせいで普通の幸せを諦めざるを得ない人は、秘書とラ
ブラブになる独身の首相よりはよっぽど数多くいるわけですが。どうしてこんなにお気楽に書
き捨ててしまったのでしょうかね。盛り上がるんなら、知ったこっちゃないってことか?
(上田貴士/バカボンのパパと同い年!/編集)


Vol.108 『気まぐれな唇』
●サラリーマン向け娯楽週刊誌に好評連載中「韓国女紀行」が原作、と言われても信じられそ
うな雰囲気の作品です。あるいは、「シリーズ妄想〜こんな出会いがしてみたい」な感じ? 
淡々としているようでなかなかドラマチックな展開も見せるんですが、私に見える一本のライ
ンは、鶏粥から始まるメコスジ珍道中とでも申しましょうか。主人公は今一つキャリアが頭打
ちな俳優。期待していた主演作の企画がボツったため、気分転換に田舎の先輩の家へ遊びに行
きます。そこで地元の食堂の名物料理らしい鶏粥をご馳走になるのですが、これが、先輩の言
うには「ものごっつうチンコに効く」シロモノだとか。「そうスか」なんて聞き流していたの
も束の間、その夜、先輩の知り合いの若い娘と初対面で意気投合するやパイルダー・オン。男
に腕立てした正常位でグイグイねじこまれながらこの女、ダンスで鍛えているだけあって、上
半身を屈曲させて持ち上げるあたり、結構身体が柔らかいね。翌朝もチェックアウトの前に、
「ああ上手!」とか歓喜の声を上げさせながら、ドスドス腰を振り込んじゃってます。さて、
先輩と別れて汽車に乗った男優くん。車内で会った女に一目惚れ。彼女の後を追って予定外の
駅で降りるや、猪突猛進でホテルにトペ敢行。ヅマヒトだぁ? 関係ねえよ、生入れだよ、と
ばかりにグリングリンと腰を回転させ、膣内を思いっきり掻き混ぜるのでありました。翌朝も、
服を着込んで先に出て行こうとする女をまた脱がせてなし崩しに。出しても出しても出し足り
ん! という状態だったのですが、ここに来てついに鶏粥の効果も切れたか、その晩もう一発
欲をかいてはみたものの勃起せず、あとはもう全ての神通力を失ったかのごとく、二人で占い
師に見てもらったところ踏んだり蹴ったりの卦が出てしまい、雨の中アッサリ降られてしまう
のでした。鶏粥一杯で小生四発放出、とまあそういう話なんですね。食品メーカー各社は、マ
カに続いて逸早くこの鶏粥をレトルト商品化するように。
(上田貴士/後厄/編集)


Vol.109 『ミスティック・リバー』
●昔の西部劇で『牛泥棒』という作品がありました。町の住民が、保安官が来るのを待たずに
自警団を組んで牛泥棒を縛り首にしたら、全然関係ない人だったことが判明して、えええ! 
となる話。西部劇(アメリカ映画の根本)に社会派ドラマの視点「法と正義」を盛り込む際の、
定型の一つですね。この作品の中でイーストウッドが使っているのも、同じ枠組みです。刑事
を出し抜いて、目星をつけた容疑者を自分たちの手で裁いたら、大失敗。つまりこれは西部劇
というわけです。ショーン・ペン一味がティム・ロビンスをリンチ殺人するときに、セルジオ
・レオーネばりの、というか自作『アウトロー』風に、黒革のロングコートを着て横一列に居
並ぶのも、そういう理由からです。ところで、この映画には観ていてなんとなく腑に落ちない
所があります。ストーリーの背骨となるのは、少年期にレイプされて精神の均衡がズレてしま
った、ロビンスの生き地獄にあるはずなのに、途中から、娘を殺されて錯乱した父親の冥府魔
道にシフトしてしまっている。実際、劇中一番の名場面は、娘の殺害を知って怒声をあげるペ
ンの姿ですし、演出にも力が入ってる。イーストウッドの関心が、明らかにこっち寄りになっ
ているのは何故か。監督には、子供をレイプする変態野郎の神経も、犯された子供が味わう生
涯の苦痛も、理解出来るが実感は出来なかったのでしょう。さすがにそんな問題は、西部劇に
はついぞ登場しなかったからです。でも、自身何人もの女に子供を産ませている身としては、
愛娘が殺されたときの衝撃なら容易に想像がつく。俺だって44マグナムぶっ放すっての、と、
それほどまでにパパは愛しているのに、娘ときた日にゃ、どこぞの男と駆け落ちの算段なんか
している始末。ガッデム! へこみまくってガード下の焼鳥屋でコップ酒飲んで、ふと隣を見
たら、娘(原節子)の結婚式帰りの笠智衆が臨終のような薄い笑顔で座っていたので思わずギ
ョッとしたりして。そんなイーストウッドの父親としての妄念がチカチカと点滅る作品なので
あります。立ち上がれ、全国のお父さん。立ち上って、急いで観に行け。
(上田貴士/後厄/編集)


Vol.110 『イノセンス』
●答えを見つけるために考え事をするのではなく、考え事をするために考え事をするのが好き
な人が作り、楽しむための映画です。なので、映画見るときまで考え事したかないよという人
は、セリフを聞き流していればよろしい。そのように簡略化して俯瞰すると、構成は至ってシ
ンプルです。ロボットが殺人事件を起こし、公安課の刑事が製造元にカチコミをかけ、事件解
決という次第。で、この会社で造られていたロボットが、11歳ぐらいの少女型をしたセックス
用ロボット、平たく言えば、最高級ロリータ・ダッチワイフであったというのが事件のカラク
リであり、この映画の何か生臭いところです。メーカーは、同年代の少女を誘拐しては、その
ゴースト(劇中用語で“魂”の意味らしいが、むしろ“人格”と考えるべきか)を複写するこ
とで、子供らしい情緒を仄めかせながらも、しかしご主人様の命令に従って性技を尽くすスー
パー・ロリダッチを開発していたのです。日本のマンガとアニメのダークサイドにおいては、
基本的アイテムですね。眼鏡をかけていなかったのが不思議なくらいです。「人は何故、人型
を欲するのか」というのが、この映画の命題であるそうですが、うーん、「人は、私に従うの
ではなく私を受け容れてくれるという態度でありながら、しかし実質的には私に黙って従う人
が欲しい」から? 愛とは与え与えられるもの、先ず最初に与えてもらってから。話を聞いて
欲しい、聞くのは面倒くさいけど。ボクとキミとは対等のパートナー、七対三のバランスで。
そんな人間、サム以外には、ロボットでも作らない限り手に入るわきゃありませんわな。でも
この映画が指摘する大いなる皮肉のトゲは、そのテーマの少し手前に刺さっていました。子供
を使ったセックス産業は、いい銭になるんですねえ。今も、これからも。子供は宝、か。人は
(つうか、日本人は?)アトムよりもウランちゃんを先に完成させちまうんじゃないのかなと、
映画館の暗闇の中でボンヤリと考えたのでした。
(上田貴士/後厄/編集)



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